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unikki

Uni. + diary = Unikki

トライトラーを読むための参考文献

備忘録。実に3年ぶりの美学ゼミでの発表。

 

1週間前にテクストが決まるという鬼畜なルール(?)で,私がGWを捧げる相手として選んだのは,レオ・トライトラーの『音楽と歴史的想像』。アメリカ人らしくないその名前の響きに,聞き覚えがあったからです。 

Music and the Historical Imagination

Music and the Historical Imagination

 

トライトラーを知ったのは,学部1年の頃です。冬の集中講義でのことでした。当時はよく分からないままに過ぎ去った記憶もあったので,真剣に取り組んでみたいな,と思ったのが動機です。

当時,私が読んだのは,青土社の雑誌『もうひとつの音楽史』に所収の論文「歴史とはどんな物語なのか」。ダールハウスや,グッドマンを読んだゼミでのことでした。このトライトラーの論文は,上でご紹介した当該の著作『音楽と歴史的想像』に所収の,とある論文への批判に対する,著者からの答えとして書かれたものでした。ですので,むかし読んだ時は,そういったコンテクストが分からなかったがゆえに,咀嚼しきれない部分が多々あったことは否めません。

 

さて,当該の『音楽と歴史的想像』では,トライトラーが1966年から88年までの22年間にわたって書き上げた論文が収録されています。この論文集の1章と4章(それぞれ1980年と1967年に初出の論文)を取り上げたのですが,言及されている歴史哲学家のテクストも当たってみよう,ということで何冊か手に取ってみました。

その中でも面白かったのが,コリングウッドの『歴史の観念』。

歴史の観念

歴史の観念

 

読み応えもあって,ダントツに面白かったです。これまでダールハウスが詳細に論じているのを間接的にしか読んだことがなかったので,今回,直接手に取り原文にあたれたということは,かなり価値あることでした。21世紀の我々が読んでも古く感じさせない,そんな語り口です。

 

そして,手に取ったは良いのですが,かなり読みにくさを感じて当惑したのが,ディルタイ。これは咀嚼できずに消化不良。これは別の機会にまた向き合いたい。

解釈学の成立  改訂版(1981年)

解釈学の成立  改訂版(1981年)

 

 

ちなみに,本文テクストの中では,上に挙げた歴史哲学や解釈学のみならず,言語学の援用も多いのですが,とりわけ何度も取り上げられているのが,ジョナサン・カラー。言語能力と言語運用の話がされています。

文学と文学理論

文学と文学理論

 

  

かの有名なバッハ研究者であるアーサー・メンデルが1961年の学会発表の論文で援用したカール・ヘンペルの「因果説示モデル」。このヘンペルの「因果説示モデル」が音楽史記述にもたらした影響の再検証が4章では行われます。

科学的説明の諸問題 (1973年)

科学的説明の諸問題 (1973年)

 

 

自然科学の哲学 (1967年) (哲学の世界〈7〉)

自然科学の哲学 (1967年) (哲学の世界〈7〉)

 

ヘンペルは英米圏の文献で頻出。戦後アメリカでずいぶん流行ってたみたいですね。これは押さえておかなければ,という感じでした。

 

あとは,1章の本文に 引用もされているので,今更という感じになりますが,シェンカーはみんな読んでる前提だったのかな。「形式主義者」としてトライトラーの批判の対象になっています。初期の著作である『ベートーヴェンの第9交響曲』の分析。

ベートーヴェンの第9交響曲 分析・演奏・文献

ベートーヴェンの第9交響曲 分析・演奏・文献

 

シェンカーは,むかし内輪の勉強会で取り上げて,テクストと楽譜を突き合わせながら丁寧に検討をした経験があったので,振り返ってみると,その経験がずいぶんと今回の発表にも効いていた気もします。

こんな感じで,いろいろなテクストを読みながら,かなり集中して連休からの1週間を過ごすことができました。ちょっと分量がキャパを越えていた感じは否めませんが。ゆっくり休みます。